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【歴史部】余市町「フゴッペ洞窟まつり」と余市・小樽の環状列石を巡ってきました!

北海道の「古代」を感じる「フゴッペ洞窟」へ!

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こんにちは、えぞまち歴史部です。えぞまち歴史部では、北海道の歴史を古代から広くご紹介していく記事を投稿してまいります。今回の記事では、余市町にある「フゴッペ洞窟」へ行ってきました。というのも、余市町「フゴッペ洞窟」では、「フゴッペ洞窟まつり」が開催されていたのです。


「フゴッペ洞窟」はどのような施設?

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余市町にある「フゴッペ洞窟」が発見されたのは、1950年(昭和25年)です。現在、日本最大級の岩面刻画(岩に掘られた絵画)のある洞窟として知られています。フゴッペ洞窟の岩面に掘られている刻画の数はおよそ800店といわれ、特徴的な人物像、動物、舟などが描かれているほか、土器や石器なども発掘されています。フゴッペ洞窟で発掘されたこれらの岩面刻画や土器類などは続縄文時代のものとされており、1953年には国指定史跡に指定、2003年には施設が改修されるなど、保存のための取り組みが続けられています。

 

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「フゴッペ洞窟」で見られるもの

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入場券にも刻画にある「有翼の人」が

フゴッペ洞窟で見られるものとして、まず最大の展示物はやはり日本最大級とも評価される岩面刻画でしょう。この刻画が発見されたのは昭和26年より北大名誉教授を団長とした調査団による発掘調査によってでした。刻画には動物や舟など、当時の生活を思わせるものが描かれているほか、少し変わった刻画も描かれています。角や翼で装飾された人物像です。これは何か祈りや儀式を行うために仮装した人物を描いたものであるのか、それとも何か象徴的な意味合いがあるのか…想像を掻き立てられますね。これら多彩な刻画については、館内は写真撮影が禁止だったためここに載せることはできませんが、ぜひ訪れてみてくださいね。

 

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館内ではスタンプも

そのほか、洞窟を利用していたと思われる人々の土器や石器、骨角器などです。フゴッペ洞窟で発見された土器は「後北式土器」と呼ばれるもので、「後北式土器」とは「後期北海道式薄手縄文土器」の略称。使用されたのは1〜5世紀ごろと言われています。このほか、骨製の針(釣り針)、食料にしたと思われる貝類、沿岸魚の骨、クジラの骨などが出土品として展示されています。

 

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ストーンヘンジ?ストーンサークル?「環状列石」へ

古代の遺跡のひとつであるとされる「環状列石」は、「ストーンサークル」などとも呼ばれています。このような、石を環状に配置した遺跡は世界各地に見られますが、なかでも北海道内では渡島半島に多く発見されています。今回巡るコースに加えたのは、余市町にある「西崎山環状列石」、小樽市にある「地鎮山環状列石」・「忍路環状列石」です。


西崎山環状列石(余市町)

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西崎山環状列石は、長い長い階段を登った先にあります。ここでは、敷石付近から多数の土器が出土しており、燐分が検出されたことから墳墓と推定されているようです。


忍路環状列石(小樽市)

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忍路環状列石は、およそ3,500年前の縄文時代後期の遺跡であるとのこと。他の環状列石遺跡と同様に墓地として使われた形跡があるほか、死者を弔う原始的な葬儀の場所でもあると考えられているようです。忍路環状列石は周辺の農家さんの道から少し入った場所にあります。非常に大きなサークルを形成しており、一枚の写真に収めるのは困難なほどの迫力です。

 


地鎮山環状列石(小樽市)
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小樽市の地鎮山環状列石は、忍路環状列石からほど近い場所にありますが、忍路環状列石よりも藪の濃い場所にあります。ちょっとしたハイキング登山とも言えそうなコースを登り切ると、やや小ぶりな環状列石が目に入ります。この地鎮山環状列石もおよそ3,500年前の遺跡とされています。特徴的なのは、中央の四角い穴。こちらは縦横2メートル、深さ1メートルで、墓穴であるとされています。

 

 

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まとめ

今回の古代探索はここまでとしましたが、今後もえぞまち歴史部では北海道の歴史についての探訪を続けていきます。ご期待ください!

 

◯関連リンク

www.town.yoichi.hokkaido.jp

bunka.nii.ac.jp

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